皆さんは、町田駅を知っているだろうか。もしくは、行ったことがあるだろうか。

そう、大分県玖珠郡九重町にある、町田駅です。
「くすぐん」「ここのえまち」と読みます。町田はふつうに「まちだ」。
1937年開業、1984年廃止、通っていたのは国鉄宮原線。九州らしく「みやのはる」と読みます。
私は東京都町田市で生まれ育った地理オタクとして、この駅にずーっと来たかった。画像だけで見たことのある町田駅のホームに、直接足を踏み入れたかった。
大分県の町田駅を知っている、通りがかったことがあるという人は少なからずいると思うが、町田駅の周りに何があるのか、他に「町田」のついた地名や施設があるのか、はあまり知られていないと思う。町田の徹底調査をしたので、徹底的にレポートしていきますよ。
■国鉄宮原線と町田駅


国鉄宮原線は、久大本線の恵良(えら)駅から分岐し、肥後小国駅までを結んでいた路線。行き止まりのいわゆる盲腸線ですが、肥後小国から西、隈府(菊池)を通って瀬高に至り、国鉄佐賀線(廃線)と接続して佐賀まで向かう構想もあったとのこと。
恵良駅からは基本全列車が一つ隣、玖珠町の中心地である豊後森駅まで直通していたらしい。路線名になっている「宮原」とはどこなんだという話だが、小国町の中心地が宮原という地名。

恵良や豊後森は大分県、小国町は熊本県。小国町・南小国町は熊本県の他のエリアとは阿蘇カルデラを隔てて離れており、今でこそ国道で簡単に熊本に行き来できるものの、宮原線が通っていたころ、モータリゼーションの進む前はかなり大分・日田よりの文化圏だっただろうと感じます。
本題の町田駅は恵良駅から南に分かれた隣の駅。宇佐から玖珠、九重、小国、菊池を通って熊本を結ぶ幹線道路である国道387号に面してホームと駅名標が残されており、知らない人でも「あれ?」となる可能性があるレベルで、国道沿いに突然駅跡があります。

特に案内板などはないけれど、けっこう目立つ存在。ただ国道の拡幅工事でホームは削られてしまったようで、線路の跡地などは全く分かりません。ホーム長は4両分ほどでしょうか。

駅名標はかなり錆びついているものの、しっかりと立っています。おそらく当時のままのもの。町田駅の隣駅は、恵良駅と、宝泉寺駅です。相模大野でも成瀬でも玉川学園前でも古淵でもありません。
国道の拡幅工事で完全に跡形がなくなるわけではなく、こうして駅名標とホームの土台が残されているのを見るに、地域の方から愛されている存在なのかも。

ところで、神奈川県東京都にある町田駅は、もともと横浜線が「原町田駅」、小田急線が「新原町田駅」。横浜線の駅を南側(現在のターミナル口付近)から小田急に近づけて現在地に移設する1980年に、当時の町田市長の肝いりで「町田駅」に改名したという歴史を持ちます。
つまり、大分の町田駅が元祖・町田駅であり、神奈川県東京都にある町田駅は二代目と言えるのです。しかも大分の町田駅は1984年に廃止、横浜線の町田駅は1980年改名なので、4年間だけ、町田駅が国鉄に2つ存在し、「町田→町田」のきっぷが買えたことになります。町田(横)→町田(宮)だったのだろうか。
■町田駅周辺を見てみよう

町田駅と国道は斜面の中腹に位置しており、ホームからは集落を見渡すことができます。
階段を降りると、小さな児童公園が。名前などは特に見当たりませんでしたが、「町田駅前公園」でしょうか。芹ヶ谷公園ではありません。

公園から道路に降りる途中に民家の敷地のようなところを通りますが、その向かいの家は理髪店だったようで、駅前として往時の賑わいを感じさせます。

この集落はその名も「町田川」に沿って開けた小さな集落で、山に挟まれながらもケーキ店が営業していたりとしっかり暮らしがあります。


そしてこれまで名前を濁してきましたが、駅前の集落の名前として最も使われているのは…
「南山田」…っぽい。町田じゃないんかい。

小学校や公民館、郵便局が「南山田」という名称です。
調べてみると、明治の町村制施行のときに、町田村、菅原村、引治村、粟野村が合併して南山田村が成立。村役場が置かれたのが町田村で、その結果、町田という地名が南山田という地名に少しずつ置き換わっていったのではないかと思います。
ちなみに「南山田」は合成地名とかではなく、山田郷の南側に位置することに由来する名称とのこと。今でも玖珠町には北山田という地名が残り、久大本線にも北山田駅があります。
現在の地名としては「九重町大字町田」で、十中八九このエリアを町田の集落と呼んでいいのだと思いますが、確証は持てず。時間があれば九重町の図書館に行きたいところでした。

さて、駅から降りた旧国道はバス通りになっており、酒屋の前に玖珠観光バスの「町田」バス停があります。
かつては宮原線の廃止代替として豊後森から肥後小国まで繋がっていましたが、今では県境を越えるバスはなくなり、豊後森から峠の手前の集落までの路線に。


下りのバス停の方には立派な待合室がありました。バスで帰ってくる人を待つことがあるのでしょうか。バスは平日1日12本、休日6本。思ったより多い。
そして待合室の横には、大きく茂った松の木のおかげで非常に見づらいのですが…


完全に錆びついた「→ 町田駅 MACHIDA STN..」という看板があります。これはちょっとすごすぎる。よく残っている。
ものすごくすごいので、どうか処分されたりせずに、貴重な遺産として遺され続けてほしいです。万が一処分することになったら、東京都町田市かJR東日本か小田急電鉄か私に寄贈してほしい。九重町さん、どうかよろしくお願いします。
余談ですが、実は一度この看板を完全に見逃しており、その日の夜に別府の快活CLUBでWikipediaを見返していたら
「すぐ下を通る国道387号(引用注:旧道)の道路脇(町田バス停横)に、『町田駅 MACHIDA STN. →』と表記された錆びついた案内板が残っている。」
と書かれており、あまりの驚きに駆られ、翌朝もう一度やってきたのでした。写真に明るいものと暗いものがあるのはそのため。
■町田の朝ラッシュ
せっかくなので、町田の朝ラッシュを観察してみましょう。快速急行がバンバン停まるといいですが。
今は平日の朝、7:31。朝一番のバスがやってきます。
九重町は高校のない町で、高校はバスの行き先である豊後森(玖珠町)まで行かないとありません。地方の公共交通は高校生の通学で成り立っているといいますし、ラッシュの混雑やいかに……?

町田の朝ラッシュ、乗降客数は0人でした。おそらく乗っている客もいませんでした。運転士からかなり怪訝な目で見られた気がします。調べると家族の送迎で通学している生徒が多いらしい。

平日の朝、車や工場の音などもあり、生活があることが感じられます。
ただ駅近くをぐるっとしてみた感想としては、「意外と町田の名がつく場所が少ない」こと。小学校や郵便局などの公共機関は前述の通り南山田で、その他は「九重」を名乗っている施設も多いです。
ただ、大字町田自体はけっこう広域なので、少し車を走らせてみましょう。
■町田の発電所、町田の牧場(跡)

15分ほど車を走らせ、大字町田ではあるものの別の川で形成された違う谷に位置するのが「九州電力町田第二発電所」。水力発電所です。
しゃれた建屋ですね。大正11年の建築らしい。富山県入善町の発電所美術館みたいになってほしい。

住所は「大字町田・字責ノ釣」。せめのつり?ふしぎな響きで、妙にかっこいい地名だ。
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町田第二発電所があるということは町田第一発電所もあるのだろうか?と疑問に思うのが筋ですね。


すれ違いの出来ない細い山道を、前日の大雨による泥にタイヤを取られつつ登っていくと、ようやくたどり着きました。こちらは普通の建物だ。住所は「大字町田・字風穴」。かざあな?ふうけつ?どちらにせよかっこいい。

あとは牧場があるっぽいので行ってみましょう。「町田バーネット牧場」と書かれています。

…閉業。無。

残念ながら2024年9月に閉業してしまったようで、なにかしら跡地や痕跡が残っていないかと探しましたがありませんでした。牛豚どもが夢の跡。Instagramを見るとかなり美味しそうなおおいた和牛や豚肉を生産していたようです。町田で育った肉、食べたかったですね。
https://www.instagram.com/machidaburnet/
結論:町田には発電所2箇所があります。牧場がありました。
■町田にある温泉街
そのほか、町田の名前こそついていないものの、大字町田にある他のスポットを足早に見ていきましょう。


温泉街(宝泉寺温泉)。

駅(引治は隣の大字ですが、久大本線引治駅は町田の端っこにあります)。

滝(閉鎖中)。

苔トトロ。

結論:町田には温泉街があります。別府や由布院もいいけど、町田の温泉街にも泊まってみたい。
■遺構が残る宮原線


余談ですが、国鉄宮原線は町田駅に限らず、かなり遺構が残っています。恵良駅から町田駅にかけては国道の拡幅工事であまり残っていないのですが、町田駅より南、宝泉寺駅には信号機や設備が遺されており、一つの観光資源として活用されています。駅名標は復元っぽい。

さらに宝泉寺駅より南に行くと、いくつかのトンネルが連なっています。一車線しか走れない山奥のトンネルを一人で駆け抜けていると、ここを汽車が走っていた数十年前をが思い起こされる。この遺構が関東近郊にあったらサイクリングロードなどとして観光整備されていそうなくらい風光明媚でよく形を遺していますが、完全に生活道路として使われています。しかも地図には載っていません。

さらに南に向かうと、登録有形文化財にも指定されている立派な橋も。
そのほか、豊後森駅には扇形の豊後森機関庫が遺っていたり、肥後小国駅の跡にある道の駅小国では宮原線の展示もあるそう。
私は地理オタクでありながら廃線にはそこまで触れない人生を送ってきましたが、とても巡り甲斐のある良い廃線でした。
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おわりに
多摩ナンバーの車で東京から行ったのに、町田駅の駅名標と多摩ナンバーを一緒に写真に映すのを忘れました。あとは小田急電鉄子育て応援マスコットキャラクター「もころん」を連れて行くのも忘れました。ケーキ屋さんでケーキも買ってみたい。いつか再訪したいですね。




















































